大阪湾岸道路(西伸部)は必要か

2004・82・・!04兵庫住民運動交流会 西川榮一

1 大阪湾岸道路(西伸部)計画の概要とその目的

 国土交通省近畿地方整備局やこの計画の基本方針を審議するという「大阪湾岸道路有識者委員会」が発行した資料によれば、西進部計画の概要は図1のようであり、この道路計画の目的として以下のような点があげられている。

(1)ネットワークの形成(交流物流を盛んにする高速道路網の形成、渋滞緩和)

(2)環境の改善(阪高神戸線、43号線、2号線などの交通を転換)

(3)地域の活力向上(周辺の諸開発と連携し、活力向上を支援)

            
図1 計画の概要

大阪湾岸道路は、現在、関西国際空港につながるりんくうジャンクションから六甲アイランドまでが供用されているが、阪神域、大阪市港区港晴から神戸市六甲アイランドまでの区間が、大阪湾岸道路計画として提示されたのは1978年であった。この時の計画で示された大阪湾岸道路の目的は

a.阪神地域都市機能の再編成、都市環境の改善

b.重交通を分担し、内陸部交通負荷の量的質的改善

c.港湾整備に伴う埋め立て地発生交通の処理

であった。上述した今回の西伸部計画の目的と比べてみると驚くほどに酷似している。(1)とa、(2)とbが対応していることは説明を要しないであろう。(3)とcについていえば、当時の阪神域、神戸の開発政策は埋め立て開発が中心で、海面埋め立てが精力的に進められていた。実際その後の25年間で尼崎、甲子園浜、西宮、芦屋沖、六甲アイランド、第2ポートアイランドなど広大な埋め立て地が造成されてきた。湾岸道路はこれら埋め立て開発によって増大する陸上輸送の役割を担わせるのが主な目的であった。cはそのねらいをいったものである。では現在はどうか。埋め立て開発は神戸空港など依然として続けられているが、加えて現在は先端医療産業特区、国際みなと特区、国際経済特区などの「構造改革特区」のプロジェクト、あるいはまた「都市再生プロジェクト」などの開発政策が進められようとしている。今回の目的(3)は、これら開発政策を進めるための自動車交通輸送をねらったものである。要するに(3)とcは、産業開発のための自動車輸送道路という点で同じ目的なのである。

1978年の湾岸道路計画の環境影響評価において、筆者も参加した日本科学者会議兵庫支部は意見書を提出し (1980)、上記a、b、cの目的に対して以下のように指摘した。

*広大な埋め立て開発と一体の計画であり、開発によって増大する自動車交通のためのものであり、都市環境改善のためのものではない。(a,c)

*43号線交通量は減らない。交通容量増大して自動車交通量が増えるだけである。(b)

*排ガス予測では大型車及びデイーゼル車増大傾向を考慮していない。(b)

これらがほぼ的を射ていたことは25年後の現状を見れば明らかであろう。43号線の自動車交通量は減らなかったし(後出の図2参照)、埋め立て開発のせいでかえって重交通が増大した。沿道の排ガス汚染はほとんど改善されないままであるが、国や県は汚染が改善されない理由としてトラックの大型化やデイーゼル化をあげているのである。

 かかる経過から見て25年前に私たちが指摘した問題点は、今回の計画に対しても同様に指摘せざるを得ない。

2 大阪湾岸道路周辺域の環境状況

大阪湾湾奥域の大阪から阪神・神戸にわたる地域はNOx・PM法の対象地域であり、自動車交通による大気汚染が最も深刻な地域である。とりわけ43号線沿線の大気汚染は深刻で、尼崎や大阪西淀川区では、大気汚染訴訟の和解条項に基づき、いまも原告住民と国・公団との間で汚染対策の論議が進められている。NOx・PM法の環境基準達成の目標年は平成22年であるが、しかし兵庫県は、同法の削減施策では環境基準を達成できないとして、県独自に大型車交通規制の条例を制定している。

NOx・PM法では、この地域の自動車将来交通量に関して、上述したさまざまな開発プロジェクトによる交通需要の増加、湾岸道路建設による交通容量増大がもたらす交通量の増大は折り込まれていなのではないか。そうだとすると、西伸部計画は、現状の深刻な自動車道路公害の改善を一層遅れさせる恐れはあっても、改善促進に資するとは考えにくい。

3 西伸部計画の問題点

 自動車道路公害に関して西伸部計画が持つ根本的問題について述べたが、その他にもパンフレットは、湾岸道路西伸部の必要性についていくつか挙げている。それらも含めて以下の諸点が指摘されよう。

◇ 防災・安全上の問題

*西伸部は、現在の湾岸線阪神区間と同様に、埋め立て地を土台にした高架道路である。「西伸部計画」は、自動車道路を複線にして災害に備えるというが、埋め立て地という軟弱地盤上の構造物は地震に弱い。実際阪神区間では、完成したばかりの最新の道路であったにもかかわらず先の阪神淡路大震災によって落桁などが生じた。地盤の変位、沈下、液状化などの現象は、直下型でも(短周期短時間地震動)、近い将来発生する可能性高いとされている南海、東南海地震のようなトラフ型でも(長周期長時間地震動)大差ない。

 *海上交通への影響も十分な検討が必要である。・・・・神戸空港埋め立て地造成は神戸港及びその周辺海域の船舶航行に大きなインパクトを与えている。加えてこの無謀な神戸空港がつくりあげられて供用されることにでもなれば、航行海域は一層制約を受けることになる。西伸部計画はこのような輻輳する港湾水路の上に、道路橋をかぶせようとしているのであって、海上交通の安全性について十分な検討が必要であろう。

 *道路交通事故問題・・・・阪高3号神戸線に事故が多く、西伸部計画は、これへの対策になるかのように述べているが、それは同道路など現在の道路構造や交通管理の問題であって、その改善こそが急がれる。西伸部計画は現在の欠陥が引き起こしている事故を口実にしている感がある。とんでもないことである。

◇ 43号線などの沿岸域の大気汚染改善問題

  1章で述べたように、「西伸部計画」はこれを重要目的にしているが、43号線の沿道大気汚染が改善されるという唯一の根拠は、湾岸道路をつくれば既存道路を走っていたクルマが湾岸道路を走るようになるだろうというものである。しかし過去の経過を見る限り、図2のように、この根拠は極めて薄弱である。

  [ノート]いったん道路をつくって自動車交通量を増やせば、対策は至難。

       43号線は騒音や大気汚染公害の対策で最も手間をかけてきた道路であろう。しかし沿道住民には公害が解消されたという実感はないであろう。

1963年 43号線開通
1970年 阪高神戸線供用開始
1994年 阪高湾岸線供用開始
1995年 阪神大震災

   

◇ 財政問題

 *阪神高速道路公団は膨大な赤字を蓄積しつつあり、負債を負債で返すという危機的な財政状況にある。

[ノート]阪神高速道路公団の平成16年度財政状況

*借入金残高 3兆8240億円(平成16年3月)

*平成16年度予算  

収入 料金1795、債権・借入3493、出資金236など 計5663.48億円

支出 償還3288、利息820、道路建設・改築792、維持修繕207、管理・給与316など 計5663.48億円

 *巨額な費用を投入して建造した道路を、民営化の動きの中で、安全と環境改善のために供用できる可能性があるのだろうか、重大な疑問を持たざるを得ない。現在の収支構造では公団の収入は事実上通行料金しか期待できないが、そうだとすると西伸部の通行料金が低く設定される可能性は少ない。高い通行料金設定は湾岸道路利用交通量を減らすことになり、それだけ43号線などからのトラック交通などのシフトの可能性を減らすことになる。

4 これからの交通政策の基本視点

 一言でいえば、西伸部計画は開発のための、そして自動車交通偏重の計画であって、過去数十年国や自治体、産業界が一体となって進めてきた道路づくり政策となんら変わらない計画といえよう。しかし自動車道路交通がもたらしている深刻な環境問題、安全問題、社会問題を考慮すれば、交通政策、自動車道政策は根本的に転換されるべきであろう。転換の方向を箇条書き的に述べれば以下のようであろう。

◇自動車・道路交通政策の動向 (交通政策の転換期)

*国の施策方針でも「脱クルマ社会へ」(運輸政策審議会2000年答申)といわれる時代

*道路政策も、道路建設から交通需要管理の重要性がいわれる時代

  [ノート]新道路を建設(交通容量を拡張)して交通需要管理政策は進まない。交通容量を拡張すれば、それだけ自動車交通が増えるのが自然の成り行き(図2)

◇これからの交通政策の基本視点

 *モビリテイ(移動能力)・・・・人が活動するために必要な最も基礎となる能力である(「交通権」)。すべての人とりわけ移動弱者のモビリテイを保障することが交通政策の基本目的であるべき。

*自動車技術の開発利用の実態

安全問題・・・・日本で毎年1万人の人が道路交通事故で死亡し、100万人が負傷。

        世界では毎年50万人を超える人が死亡。かつて人間が開発した技術で自動車ほど危険な技術はない。

環境問題・・・・地域でも地球規模でも最悪の汚染源となっている。

 *これからの道路交通政策の方向

  ・自動車道路建設主導からバリアフリー・安全・環境保全主導へ

・ 道路財政構造の根本転換へ

 [ノート]今回の西伸部計画にかかわっていえば

* 西伸部建設に意味があるとすれば、43号線など一般道路のデイーゼル車交通禁止、湾岸道路の料金ゼロなど、湾岸線への完全な重交通転換政策と表裏一体で進められる場合であろう

* 建設以上に優先される課題

・六甲アイランド以西の危険で使いにくい道路交通網の構造改善

  ・43号線などの公害解消・安全向上の道路交通施策の実現など